ジョブサポートセンター ここすた 管理者 水本かおりさんインタビュー
「最初からできないと思っていたら、その人が持っている可能性に気づけないと思うんです」
そう語るのは、「ジョブサポートセンター ここすた(以下、ここすた)」の管理者を務める水本かおりさん。利用者一人ひとりの「働きたい」という想いに寄り添い、企業との橋渡しや就職後のサポートを行っています。
そんな水本さん、実は最初から福祉の道を志していたわけではありませんでした。偶然の出会いから来島会へ入り、障がいのある方の就労支援に関わりはじめて約10年。支援者として歩む中で、水本さんが大切にするようになったのは、「本人が自分で選んで、自分の人生を歩むこと」でした。
福祉との出会いは偶然
「実は私、もともと保育士になりたかったんですよ。でも短大に入ってみたら、ピアノは嫌だし、なんか思っていたのと違うなって(笑)」
そう言ってあっけらかんと笑う水本さん。

「コミュニティビレッジきとなる(以下、きとなる)」の立ち上げメンバーでもあり、いまや「ここすた」を引っ張る頼もしいリーダー。しかし、そんな彼女のキャリアの始まりは、本人いわく「ただプラプラしていただけ」という、先の見えない20代前半でした。
短大を中退後、当時夢中になっていたカフェのアルバイトに明け暮れる日々。そんな暮らしが転機を迎えたのは、地元・今治へ戻り、新しい仕事を探していたときのことでした。ふと目に留まったのが、「来島会」の求人。
「私の姉には知的障がいがあって、来島会のB型作業所を利用していたんです。それに、中学校のときの職場体験先が、たまたま(来島会が運営する)『今治ワークス』で。何か強い志があったわけじゃないけれど、不思議な繋がりというか、惹かれるものがあって応募したのが始まりでした」
そうして飛び込んだ福祉の世界。当時はまだ、自分がこの仕事にこれほど没頭することになるとは、水本さん自身も想像していませんでした。
「関わり方ひとつで、できることが増える」就労支援の面白さ
最初に配属された今治ワークスで、水本さんは就労支援の面白さを知り、仕事にのめり込みます。
「ご利用者様が作業中に『これできん』って困っているときでも、自分が作った補助器具やチェックリストを使うと、すんなりできるようになることがあるんです。関わり方や環境を少し変えるだけで、『できること』がこんなにも増えるんだって。それが本当に面白くて」
就職という人生の大きな節目に伴走し、ご利用者様の選択を支援する。その実感は、水本さんにとって仕事の醍醐味になっていきました。
その一方、経験を積むほどに、支援のあり方に対する小さな違和感も芽生え始めていたといいます。
「当時の就職支援は、ご利用者様のできることを、いかに企業の求める仕事に当てはめるか、という考え方が強かったんです。もちろん、それも一定必要なことではあるんですけど、どこか支援者がレールを敷いてしまっている感覚があって」
少し言葉を選びながら、水本さんは続けます。
「極端に言えば、ご本人が本当にやりたいことかどうかよりも、事業所が用意した枠の中に当てはめようとしていた部分もあったと思うんです。そのことに、だんだん違和感を覚えるようになりました。」

「水本さんが決めたから」の言葉が変えた意識
そんな水本さんの支援のマインドが、ガラリと変わった瞬間がありました。
「あるとき、就職先でつまずいてしまったご利用者様から、『だって、水本さんが決めたから……』というようなことを言われたんです。その一言に、ハッとしました」
本人が長く働けそうか、スムーズに仕事ができそうかを優先するあまり、「こちらのほうがいいよ」と自然に選択肢を絞り込んでいた。本人が自分で決めているように見えても、実際には自分の中での「答え」へと誘導していた。そんな事実に気が付いたのだといいます。
「本当の意味での自己決定じゃなかったんですよね。だから、うまくいかなかったときに『自分で選んだ』という感覚が持てない。結果として、人のせいにしてしまったり、自分で次の一歩を考えられなくなってしまう。それでは本人の力にならないと思ったんです」
その気づきは、現在の「ここすた」での実践へとつながっていきます。

立ち上げから関わり、現在は管理者を務める「ここすた」は、障がいのある成人の方の就労支援と生活支援を行う福祉事業所です。
そんな「ここすた」が目指しているのは、利用者を単に「就職」というゴールへ送り出すことではありません。挑戦も失敗も、その人が自分らしく生きていくために欠かせない経験として受け止め、一人ひとりが自分で考え、選び、人生を切り拓いていく力を育むことを大切にしています。
だからこそ、たとえスタッフが「難しいかもしれない」と感じる仕事でも、本人と対話を重ね、それでも「やってみたい」という思いがあれば、その気持ちを尊重します。
「実際にやってみて、『ここは難しかったね』と企業の方からフィードバックをもらう。その経験こそが、本人にとって一番大事なんです。先回りして『こっちのほうが向いているよ』と決めてしまうのは、本人から学ぶ機会を奪ってしまうことになると思っています」
もちろん、その選択は時に遠回りに見えることもあります。
それでも、自分で選び、失敗し、納得し、次の選択を考える。その積み重ねが、将来、地域で暮らし、働き、誰かと折り合いをつけながら生きていく力につながると、水本さんは信じています。
「日々の生活や働く中においても、自分で決めなければいけない場面はたくさんあります。そのときに支えになるのは、『自分で選んできた経験』なんです。それが結果的に、ご家族の安心にもつながると思っています」
だからこそ、水本さんたちは実習先の企業にも、率直にこう伝えます。
「ご本人の向き・不向きを確かめる機会にしていただけませんか」
本人の可能性も、難しさも、ありのままに見つめる場を地域の中につくる。その考えに共感し、協力してくれる企業とのつながりを、水本さんたちは一社ずつ増やしてきました。
柵のない「きとなる」という場所
こうして少しずつ広がってきた企業とのつながりですが、以前の職場では、その関係性はあくまで「就職先」としてのマッチングが中心。目の前の支援に向き合う日々のなかで、その先にある地域との関わりまで思いを巡らせる余裕は、決して十分ではありませんでした。
そんな水本さんの視野を大きく広げたのが、「きとなる」という環境でした。
「ここすた」と同じ軒の下には地域の人が集うカフェがあり、隣接するスタジアムには毎日さまざまな人が訪れます。この場所には、福祉施設とその外側を隔てる垣根がありません。
「ここすた」のご利用者様も、周辺の清掃をしたり、ウォーキングをしたり、テラス席で昼食をとったりと、ごく自然に地域の日常の中で過ごしています。

「行き交う人たちと日常的に接する中で、『障がいのある人』ではなく、一人の人として知ってもらえる。そういう積み重ねが、固定観念を少しずつ変えていくんだと思うようになりました。もっといろいろな人に、ここすたのみんなのことを知ってほしい。その思いは、この場所に来てから強くなりました」
一方で、水本さんは、社会にはまだ障がいのある人への理解が十分とは言えない現実も感じています。
「本来の仕事とは切り離された業務が、『障がいのある人の仕事』として用意されてしまうこともあります。でも、障がいがあっても、得意なことも苦手なことも一人ひとり違います。最初から特別な配慮ばかりが先行してしまうのは、お互いにとって本意ではありません。それって結局、社会がまだ彼らの本当の姿を知らないからなんだと思うんです」
だからこそ水本さんが広げたいのは、企業とのつながりだけではありません。
障がいのある人と地域の人が、特別なイベントではなく、日々の暮らしの中で自然に出会い、お互いを知り合うこと。その積み重ねによって、「障がいのある人」というラベルではなく、一人の人として向き合える関係が育まれていくと信じています。

「私自身も、姉に障がいがあったとはいえ、入職するまでは『障がいのある人ってこういう人なんだろう』と、どこか一括りに見ていた部分があったと思います。でも実際に関わってみると、本当に一人ひとり違うんですよね。
だからこそ、もっと多くの人に障がいを特別なものとしてではなく、一人ひとりの個性として、正しく知ってもらう機会を増やしていきたいと思っています」
目指すのは「ここすた」を卒業して、地域で楽しく暮らすこと
インタビューの最後に、水本さんに「ここすたが目指していることは何ですか」と尋ねてみました。返ってきた答えは、とてもシンプルでした。
「ここすたを卒業して、地域で楽しく暮らしてもらうことです」
水本さんが考える「自立」とは、就職することだけではありません。地域の中に居場所があり、人とのつながりがあり、自分らしく毎日を楽しみながら暮らしていけること。その土台を、就職する前から少しずつ育んでいくことこそが、本当の支援だと考えています。
「仕事以外の時間に、地域とのつながりや居場所がないと、どうしても孤独になってしまう。だから、『あそこへ行けばあの人がいる』『ここへ行けば楽しいことがある』という場所を、ここすたの外にたくさん見つけてほしいんです」

支援者だけが支えるのではなく、地域で暮らす一人ひとりとの何気ない関わりが、その人の暮らしを支えていく。水本さんが目指しているのは、そんな福祉のかたちです。
「私たちの理想は、ここを卒業したあと、地域で毎日を楽しみながら暮らして、『そういえば最近、ここすたに行ってないな』と、私たちの存在を忘れてしまうくらい充実した日々を送ってくれること。それが、本当に豊かな暮らしなんだと思います」