愛媛県今治市、FC今治のホームスタジアム「アシックス里山スタジアム」。その活気あふれる敷地内の一角に、多様な人が行き交う、少し不思議な場所があります。
社会福祉法人来島会が建築し、運営している「複合福祉施設コミュニティビレッジきとなる」。2023年4月のオープンから3年。「サッカースタジアムの中の福祉施設」という世界的にも珍しい挑戦は、いまやこの街の風景の一部となりました。
この「きとなる」という一つの建物のなかには、大きく分けて二つの機能が同居しています。ひとつは来島会が運営する福祉事業所(放課後等デイサービス「らびっつ」・多機能型事業所「ここすた」)、もうひとつはFC今治が運営するカフェ「里山サロン」です。
この「きとなる」のことを多くの方に伝えていくことで、里山がもっと賑わい、多様な人が行き交う場所が地域に広がっていくのではないか。そんなことを夢見ながら、私たち社会福祉法人来島会は「きとなる通信」を創刊します。
創刊にあたって3年の歩みをあらためて辿りながら、ここで起きたこと、まだ言葉になっていない大切なことを記録しておきたい。今回、そうした思いから、「里山サロン」の飛田文子さん、「らびっつ」の大沢麻紀子、「ここすた」の水本かおりの3人が、ここ、きとなるの”最初の3年間”を語り合いました。
(前後編の後編、前編はこちら)

「福祉の施設」という看板はいらない
スタジアムという開かれた場所にありながら、きとなるを歩いても、「らびっつ」や「ここすた」といった大きな看板はどこにも見当たりません。
「看板って、そもそも誰のためにあるんだろう?と考えたんです」
水本さんは以前、上司の三幡さん(里山スタジアム内複合福祉施設開設準備室責任者(当時))から聞いた、ある問いかけを振り返ります。通常、施設に看板を掲げるのは初めて来る人のための案内ですが、同時にそれは「ここから先は関係者以外立ち入り禁止」という無意識の壁を作ってしまうのではないか、という懸念でした。
「特に福祉施設の場合、看板を出すことで、そこに出入りする人が『障がいのある人なんだな』という色眼鏡で見られてしまう側面もあります。私たちが目指しているのは、そんなラベリングのない場所。看板がないからこそ、何だろうと覗き込んだり、ふらっと迷い込んだりできる。その『境界線のなさ』が大切じゃないかな」
大切なのは、あらかじめ「配慮」という言葉で壁を作ることではなく、日常の中に当たり前に存在していること。
例えば、きとなる裏のTINY GARDEN by URBAN RESEARCHで遊んでいる子どもたちの中に、障がいのある子がいるかもしれないし、いないかもしれない。カフェで隣り合わせた人が、実は障がい当事者かもしれない。そんな「わざわざ意識しなくても隣にいる」という状態こそが、きとなるが3年かけて育ててきた風景です。

「特別な看板を持たなくても、自然にそこにいて、なんとなくお互いの存在を感じている。それくらいの距離感が、一番心地よいし、『きとなる』らしいよねと、スタッフ間でもよく話しているんです」
この「あえて名乗らない」スタンスが、結果として「きとなる」という場所に偶然の出会いを生み、同じ空間に溶け合う土台を作ってきました。
境界線が溶けていく「心地よさ」
そうして積み重ねてきた月日は、現場で働くスタッフたちの心の持ちようにも確かな変化をもたらしました。
実は飛田さんは、かつて大学で社会福祉学を専攻し、知識として「インクルーシブ」や「共生」という概念を学んだ経験がありました。ここでの日々は、そうした教科書の中の言葉を「生きた実感」へと塗り替えていったといいます。
「最初は、職業体験に来る子どもたちに対しても『万全の体制で、私が守らなきゃ』と、責任感から身構えていた部分があったんです」と飛田さんは振り返ります。
しかし日常的に顔を合わせ、同じ空間で活動を共にするうちに、その感覚は変化していきました。
ある日、閉店後の清掃に来る予定だった「らびっつ」の高校生が、予定より早く到着し、営業中の店内でテーブルを拭き始めたことがありました。以前の飛田さんなら「まだ対応する準備ができていないから」と制止していたかもしれません。けれどその時は、里山サロンのスタッフへの対応同様に「エプロン、してみる?」とごく自然に声をかけました。
複雑な紐の結び方に「これどうやるの?」「分かりません!」とスタッフと高校生が一緒になって笑い合いながら準備をする。そこには、過剰な配慮も気負いもない、ありのままの隣人としての姿がありました。
「3年経って、いい意味で力が抜けました。今は『利用者さん』ではなく、大切な『きとなるの仲間』。一人の個性豊かなお客さまと接するのと同じように、その日のご機嫌を見ながら言葉を交わす。そんな血の通ったコミュニケーションが、今では私がいなくても、現場のスタッフたちの間で自然に生まれています」
かつて学問として学んでいた「共生」。それが今、目の前で自然体のままに助け合う人々の姿となり、立体的な景色として立ち上がっています。

これからの「きとなる」が描く未来
オープンから3年。最初は点だったそれぞれの活動が、今では一本の太い線になりつつあります。
「これからはもっと、ここに来るのが当たり前の景色にしていきたい」と、3人は口を揃えます。
水本さんは、ご利用者様がスタジアムを起点に、より能動的に社会と関わる姿を思い描いています。
「これからは地域の方からの『ちょっと助けて』という依頼に応えていくような活動を増やしたい。スタジアムの芝生踏みやペンキ塗りと同じように、この開かれた場所を起点に、自分たちの力が誰かの役に立つ実感をもっと広げていきたいですね」
大沢さんも、保護者同士の交流の場として里山サロンを活用するなど、新しいアイデアを膨らませています。
「里山サロンでお茶を飲みながら、リラックスして話せる座談会のような場も作っていきたいですね。お隣にこの場所があるからこそできる、家族の支え方があるはずです」
そして飛田さんは、このスタジアムという場所を「ハブ(拠点)」にして、「きとなる」と他のコミュニティとがより溶け合っていきたいと語ります。
「FC今治が運営するファーム(農園)や地域のイベントに、『きとなる』の皆さんが自然に参加している。そんな風景がもっと当たり前になればいいですね。障がいの有無に関わらず、一人の『地域の住民』として、この空間を一緒に楽しむ仲間を増やしていきたいです」

むすびに:混ざり合い、育ち続ける「木」として
「きとなる」という名前に込められた、来たくなる、そして地域に根を張る「木」となるという願い。「手探りの3年間」を経て、スタジアムの中の小さな村は、少しずつ、けれど確実に豊かな森へと育ちつつあります。
特別なことはしなくていい。ただ隣にいて、挨拶を交わし、時に相手を気に掛ける。その中で生まれる穏やかさは、ときに驚くほど力強く、“共に生きる”とはこういうことなのだと教えてくれます。
スタジアムを吹き抜ける風を受けながら、 「きとなる」の木は今日も枝葉を広げ、新しい出会いと気づきを重ねています。
(おわり)